【酵母の話-Vol.4】 酵母エキスの調味料以外の活用について

酵母の話-Vol.1~3にかけて、酵母利用の概要、酵母エキス(製法と食品用途)、酵母細胞壁についてご紹介してまいりました。今回は、最終話として、あまり加工食品の世界では知られていない酵母エキスの培地用途としての活用について解説したいと思います。

食品化学新聞社の調べでは、酵母エキスの加工食品等における2012年の生産量は、国内1万4,530トン、世界28万4千トンと言われています。このうち、微生物培養向け培地用酵母エキスの使用は、販売量ベースでは4割にのぼると言われています1。酵母エキスは、加工食品用途のみならず、様々な微生物の栄養源としても世界的に活用されています。

酵母エキスの培地用途としての利用分野と市場で求められる品質を(図1)にまとめました。
利用分野としては、生物製剤・バイオ医薬業界、発酵産業、研究用途、食品産業、バイオ産業、バイオレメディエーション(土壌浄化)など様々です。食品産業では、主に乳酸菌の培養などで使用されています。求められる品質としては、使用目的である生育因子が最もニーズが高いのですが、物理化学品質・規格等の品質(特にロット安定性)に対するニーズも高いと言われています。

利用分野   市場で求められる品質
生物製剤・バイオ医薬業界 栄養供給源としての品質
治療用タンパク質、ワクチン、ホルモン、モノクローナル抗体
  • 生育因子:窒素源(必須アミノ、ペプチド)、ビタミン、ミネラル微量元素、核酸
  • 目的成分の高産生
発酵産業・研究用途 物理化学的品質
診断用、ラボ用途、微生物、細胞・組織培養
  • 溶解性・清澄性・濾過性・色調
  • 保存性(エキス、培養対象物)
  • ロット差が少ない
食品産業・バイオ産業・バイオレメディエーション 規格面
乳酸菌、プロバイオティクス、バイオポリマー、酵素、ビタミン、有機酸、アルコール、アミノ酸、植物、土壌浄化
  • Halal・Kosher対応
  • GMOフリー
  • アニマルフリー(動物系エキス代替)
アプリケーション(培養事例)
  • 微生物(菌体得量・二次代謝・酵素)
  • 細胞・組織
  • 植物
低価格 (特に肥料・飼料)

(図1)酵母エキスの培地用途として利用分野と求められる品質

培地用の有機原料としては、ペプトン類とエキス類がよく知られています。酵母エキスはエキス類に分類されます。ペプトン類が窒素、アミノ酸源としての使用が主要目的であるのに対し、エキス類はビタミン・ミネラルなどによる生育促進に期待されていると言われています1

原料 特長 主な使用目的
ペプトン類
  • タンパク質を酵素で消化したもの。原料はカゼイン、獣肉、心筋、ゼラチン、大豆など。
  • 酵素は、トリプシン、パンクレアチン、ペプシン、パパインなど。
  • 成分組成の差異は、1.原料、2.酵素、3.製造工程(分解・加熱・濃縮の条理など)。
  • アミノ酸、ポリペプチド・ジペプチド豊富
  • 製造工程の条件がトリプトファン、システイン、ビタミン含量に影響する。
  1. 窒素・アミノ酸源
  2. 炭素・リン・ミネラル・ビタミン源
エキス類
  • 肉エキス:肉の熱水抽出物。原料は牛、鰹。
  • 酵母エキス:酵母の熱水抽出・自己消化・酵素分解物。原料酵母はパン、ビール。
  • ビタミン類、ミネラル類豊富。
  • 酵母エキスは、肉エキスより高い生育促進効果(脂肪酸多く生育阻害する場合もある)。
  1. ビタミン・ミネラル等の生育促進物質源
  2. 窒素・炭素源

(図2)ペプトン類とエキス類の特長と培地としての使用目的

(図3)にぺプトン類とエキス類中のビタミン類・ミネラル類の含有量を示しました1。酵母エキスは、ペプトン類と比較してビタミン類やミネラル類が豊富なことがわかります。

ビタミン類及びミネラル類 ペプトン類 エキス類
Tryptone Peptone Soybean
peptone
Beef
extract
Yeast
extract
ビタミン類(µg/g) Biotin 0.1 0.2 0.2 0.1 3.3
Choline chloride 350.0 2000.0 2200.0 1171.5 300.0
Cyanocobalamin < 0.1 < 0.1 < 0.1 0.5 < 0.1
Folic acid 0.3 0.3 3.0 3.3 1.5
Inositol 1400.0 2400.0 2100.0 4113.2 1400.0
Nicotinic acid 97.8 21.9 19.1 774.7 597.9
4-Aminobenzoic acid 3.7 < 0.5 9.0 20.0 763.0
Pantothenic acid 5.3 5.9 13.0 91.0 273.7
Pyridoxine 0.6 1.7 11.0 7.3 43.2
Riboflavin < 0.1 3.9 < 0.1 0.4 116.5
Thiamine 0.4 < 0.1 1.2 < 0.1 529.9
Thymidine 93.4 413.0 113.2 1093.4 17.5
ミネラル類(%) Calcium 0.013 0.008 0.055 0.068 0.013
Chloride 0.186 1.086 0.165 1.284 0.380
Iron < 0.001 0.004 0.008 < 0.001 < 0.001
Magnesium 0.017 0.007 0.161 0.239 0.075
Phosphate 2.669 0.445 0.820 5.458 3.270
Potassium 0.229 0.203 2.200 5.477 3.195
Sodium 2.631 1.759 3.404 2.315 1.490
Sulfate 0.241 0.244 2.334 0.629 0.091
Sulfur 0.740 0.410 1.660 0.707 0.634

(図3)ペプトン類とエキス類中のビタミン類・ミネラル類の含有量

弊社の酵母エキスの培地用途例を(図4)に示しました2。弊社のビール酵母エキスを土壌の有害物質を浄化する土壌細菌に与えると、土壌細菌が活性化されました。これは、前述のバイオレメディエーションとしての利用例です。

【特開2013-226474】 有機塩素化合物による汚染の浄化促進剤および浄化方法
(出願人:大成建設株式会社・MCフードスペシャリティーズ(現:三菱商事ライフサイエンス)、出願日:2012/4/24)

酵母を放線菌産生酵素類および/または担子菌産生酵素類で酵素処理して得られる酵母の酵素分解物からなる酵母エキスを含む、有機塩素化合物による汚染浄化促進剤、および該汚染浄化促進剤を用いる有機塩素化合物の汚染の浄化方法。

有機塩素化合物 PCE(テトラクロロエチレン)、TCE(トリクロロエチレン)、cis-1,2-DCE(cis-1,2-ジクロロエチレン)、trans-1,2-DCE(tran-1,2-ジクロロエチレン)、VCM(塩化ビニルモノマー)、トリクロロエタン、四塩化炭素、ジクロロメタン、PCB(塩化ビフェニル)、PCDD(ポリ塩化ジベンゾ-P-ジオキシン、PCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)、DDT類、BHC類、アルドリン、エンドリン、ディルドリン、ヘプタクロルなど
浄化微生物 デスルフォバクテリウム(Desulfobacterium)属、デスルフォモニル(Desulfomonile)属、デスルフィトバクテリウム(Desulfitobacterium)属、デスルフォビブリオ(Desulfovibrio)属、デスルフォバクター(Desulfobacter)属、デスルフォコッカス(Desulfococcus)属、デハロスピリウム(Dehalospirillum)属、デハロバクター(Dehalobacter)属、デハロバクテリウム(Dehalobacterium)属、デハロコッコイデス(Dehalococcoides)属、メタノサルシナ(Methanosarcina)属、メタノバクテリウム(Methanobacterium)属、メタノロブス(Methanolobus)属、メタノブレビバクター(Methanobrevibacter)属、アセトバクテリウム(Acetobacterium)属、クロストリジウム(Clostridium)属

(図4)弊社のビール酵母エキスの効果(例)

酵母エキスFF-EB

弊社では、2022年微生物培地用途として、ビール酵母由来の酵母エキスFF-EBを上市致しました。

培地用途で求められる酵母エキスの効果としては、先述の通り、全窒素、アミノ酸、ペプタイド、ビタミン、ミネラル、核酸などの栄養成分の供給が主となりますが、酵母エキスFF-EBは、これらに加え、製品物性として、溶解性、清澄性、濾過性、色、泡立ち、ロット差などの製造・品質課題となりうるポイントにも着目して開発いたしました。

様々なお客様の声をもとに、酵母エキス特有の「臭い」や「色」の残存を少なくできる品質とし、さらに味と精製を考えた「最適な分解度」とすることで、特に食品向けの微生物培養に使いやすい酵母エキスに仕上げました。

(図5)酵母エキスFF-EBの特長

以上、酵母の話Vol.1~Vol.4 まで、酵母・酵母エキスの活用についてお話してまいりました。

酵母は、それ自体の微生物ですので、その培養方法によってさまざまな特長を出すことができます。それらを酵母エキスや酵母細胞壁などの素材にすることで、さらにその応用範囲が広がっていきます。酵母にはさまざまな可能性が秘められており、弊社は、それら可能性をお客様の価値としてご提供できるよう日々研究を続けています。

参考文献
  1. 生物化学講座「バイオよもやま話」/生物工学第89巻(2011年第4号)
  2. 特開2013-226474 有機塩素化合物による汚染の浄化促進剤および浄化方法
  3. 食品向け酵母エキスの微生物培養用途での利用/食品と開発Vol.57 10月号 p75-78