減塩志向は高まる傾向にあり、さらなる市場の拡大のためには「減塩でもおいしい」ことが前提となっていきます。ここでは「減塩でもおいしい」味作りのために欠かせない技術についてご紹介します。
「減塩」に関する最近の技術動向
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「減塩」については古くから技術開発が進められており、過去には「塩味代替」という観点からの研究が多くされていました。特許出願のカテゴリーの推移を見てみると、2000年以前は「代替塩」やその「呈味矯正」という観点からの出願が多くを占めていましたが、最近では「塩味増強」に関する特許が半数以上を占めており、「代替塩」に関する出願は激減しています(図1)。最近の技術動向としては塩味を代替するのではなく、減らした塩味をいかに増強するかの方に技術開発がシフトしていることが分かります。
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(図1)減塩に関する特許出願カテゴリーの推移
(弊社調査)
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メイラードペプタイド(MRPs)とは?
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塩味を調節する素材に一つに「メイラードペプタイド」があります。メイラードペプタイドは弊社がチーズや味噌などの熟成食品の解析から見出した成分で、分子量1000-5000Daのメイラード反応したペプタイドの総称です(図2)1,2,3。これまでの研究からメイラードペプタイドには食品系全体の風味変化と、うま味や甘味、塩味などの基本味レベルでの呈味の変化が確認されています4,5。ここでは基本味に対する効果の中で、塩味への効果をラットの神経を使った電気生理学的手法とヒト官能評価を中心に評価した結果を紹介します(図3)。
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(図2)熟成食品中のメイラードペプタイドの生成
メイラードペプタイドの作用
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動物がものを食べて味を感じるとき、口腔内の味覚受容体で感知された情報が鼓索神経を通じて脳に伝わります。メイラードペプタイドの塩味に対する神経応答の修飾効果を確認するため、図3の方法に従い、ラットを使って鼓索神経の応答を測定しました6。
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(図3)ラット鼓索神経応答測定
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メイラードペプタイド単独での効果を確認した実験が図4aになります。メイラードペプタイド単独ではラットの鼓索神経応答に影響を及ぼすことはありませんでした(図4a)。また、100mM(0.585%)の食塩に対して鼓索神経は応答しますが(図4b、N)、メイラード反応させる前の未反応ペプタイドは食塩と共に添加しても神経応答の強度に変化を与えることはありませんでした(図4b)。
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(図4)MRPs溶液(a)と未反応ペプタイド(b)の鼓索神経応答シグナル
図中のBzはENaCの阻害剤のベンザミルを示しており、 ここではENaCの応答を止め、TRPV1tの応答のみを見ている(後述)。
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しかしながら食塩溶液にメイラードペプタイドを添加すると神経応答の強度は変化します。図5aは食塩溶液に0.1%から1%までのメイラードペプタイドを添加した時のラット鼓索神経応答の変化を示したものです。食塩に対するラットの鼓索神経応答はメイラードペプタイドの添加により強度が変化し、0.25%、0.5%添加区で神経応答の増大、0.75%、1.0%添加区では抑制が見られました。
ヒトの官能評価における等価濃度試験でも同様に、メイラードペプタイドの添加により食塩の感受強度が強くなったり弱くなったりしていることが確認されています(図5b)。
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(図5)食塩溶液に対する濃度依存的なMRPsの効果
(a) ラット鼓索神経応答 (b) ヒト官能評価
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これらのことからメイラードペプタイドの塩味修飾の機能発現にはメイラード反応によるペプタイドの修飾が必須で、さらには食塩と共に用いることでその作用を発現することが分かりました。またメイラードペプタイドの量により塩味修飾効果が変化し、塩味を強く感じたり、弱く感じたりすることが確認されました。
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メイラードペプタイドの作用する塩味受容体
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塩味の感受には2つのイオンチャネルが関与していると考えられています。1つはナトリウム選択的イオンチャネルのENaC、もう1つは陽イオン非選択的イオンチャネルのTRPV1tと呼ばれるものです7,8,9,10。そこでメイラードペプタイドがどちらの受容体に作用しているのか、それぞれの阻害剤を用いた実験で確認しました(図6)。
ENaCの阻害剤(Bz)の存在下ではENaCの機能が停止し、TRPV1tだけが機能した状態になりますが、この状態ではメイラードペプタイドの添加量により応答曲線が強くなったり弱くなったりしていることが確認できます。一方でTRPV1tの阻害剤(SB)によりTRPV1tの機能を止めてしまうと、メイラードペプタイドを添加しても鼓索神経の応答には何も変化がないことが分かります。これらの結果から、メイラードペプタイドの塩味修飾はTRPV1tを介していることが推測されました6。
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(図6)マウス鼓索神経における、未修飾ペプタイド、ENac、TRPV1t阻害剤を用いた神経応答曲線
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メイラードペプタイドの塩味修飾効果の応用
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このようにメイラードペプタイドには塩味を修飾する効果があり、この効果を応用したのが弊社の減塩食品調味料「ソルテイスト®RS」です。ソルテイストRSはメイラードペプタイドを鍵素材として、減塩したときに失われる食品全体の美味しさを再現することに主題をおいて製品化した調味料です。ソルテイストRSを使った「減塩でもおいしい」食品の処方の組み立てについて次項で詳しく説明します。
参考文献
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Ogasawara M, Katsumata T, Egi M:Taste properties of Maillard-reaction products prepared from 1000 to 5000 Da peptides. Food Chem., 99, 600-604 (2006)
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Rhyu M, Ogasawara M, Egi M, Phan THT, DeSimone JA, Heck GL, Lyall V.:Effect of Maillard peptides (MPs) on TRPV1 variant salt taste receptor (TRPV1t) [abstract]. Chem Senses. 31:A105 (2006)
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Katsumata T, Nakakuki H, Tokunaga C, Fujii N, Egi M, Phan THT, Mummalaneni S, DeSimone JA and Lyall V.:Effect of Maillard Reacted Peptides on Human Salt Taste and the Amiloride-Insensitive Salt Taste Receptor (TRPV1t), Chem. Senses, 33, 665-680(2008)
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Lyall V, Heck GL, Vinnikova AK, Ghosh S, Phan THT, Alam RI, Russell OF,Malik SA, Bigbee JW, DeSimone JA. : The mammalian amiloride insensitive non-specific salt taste receptor is a vanilloid receptor-1 variant. J Physiol. 558, 147-159(2004)
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