(東京/台東区)
サクサク軽い歯ごたえとうま味を活かした濃厚なタレ
創業124年にしてなお進化し続ける下町の老舗
最寄り駅である地下鉄日比谷線三ノ輪駅から徒歩15分。幹線道路に面しているとはいえ、飲食店としては決して有利とは言えない立地ながら、土日を中心に行列を見せる人気店が創業124年を誇る天丼・天ぷら専門店「土手の伊勢屋」だ。土手は旧地名、伊勢は初代の出身地。年季の入った引き戸を開けるとすぐに木製のテーブル席、その奥に座敷という造り。厨房は小規模で入口脇にあり、電球の灯りが懐かしさを感じさせる。
この厨房に立って腕を振るうのは、高校1年生のときにアルバイトを始めて以来18年間、「土手の伊勢屋」一筋で働いてきた5代目職人、谷原秋光さんである。谷原さんは初代からの血筋ではないが、「うちの味をよくわかっているし、仕事熱心で自分なりに工夫もしてくれていますので、安心してすべて任せています」と、3代目オーナー、若林喜一さんの妻、久子さんも絶大の信頼を寄せている。
メニューはミックス天丼である「天丼(イ)(ロ)(ハ)」を筆頭に、「穴子天丼」「海老天丼」など天丼が主。天ぷらは、「注文を受けてから溶いた衣」をほどよくつけて、「大きな鍋に少なめに入れることで、高温で安定させたごま油とサラダ油、古い油と新しい油をミックスした揚げ油」できつね色に揚げ、「天丼用にひとめぼれとあきたこまちを独自にブレンドして炊いたご飯」の上に盛りつける。コンブ、カツオ、シイタケのうま味を活かした谷原さん特製のタレは濃厚のため、天ぷらはこれをくぐらせず、ご飯と天ぷらそれぞれにかける手法を用いている。「素材選び、油の調合、タレの煮込み具合など、すべて気候と相談しながらやっています。微妙な調整のうえに成り立つ絶妙の仕上がりが自慢です」と谷原さん。
一押し素材という特大の穴子は江戸前を中心に九州、広島、常磐(茨城)などからも仕入れ、生簀で保存し朝さばく。長年の付き合いの業者からごくたまに予告なく入荷するクルマエビやタコを使った特別メニューも楽しみだ。
天丼(ロ) 1,900円
最も多くのお客さんが注文する定番中の定番で、イカのかき揚げ、穴子天ぷら、エビ天ぷら各1本、シシトウ天ぷらの組み合わせ。主だった種類のイカをすべて食べ比べたという谷原さんが、「天ぷらのために生まれてきたイカ」と評する水分たっぷりのアカイカを用いたかき揚げはやわらかさとジューシーさが秀逸。
天丼(ハ) 2,300円
小エビ(といってもかなり大きめのエビ)と貝柱とシラウオのかき揚げ、穴子天ぷら1本、エビ天ぷら2本、旬の野菜天ぷら3点がご飯の上に所狭しと重なり合う、豪快にして贅沢な一品。この日の野菜はクリーミーなカボチャ、さっぱりした谷中ショウガ、定番のシシトウ。
お吸い物 150円
汁物は「おみそ椀」(150円)、「なめこ椀」(200円)と、「お吸い物」(150円)の3品を用意しており、8割の人が天丼とともにこれらのいずれかを注文する。なかでも夏場に人気なのがたっぷりの鰹節とコンブを使っただしを効かせたお吸い物。穴子の胆、シイタケ、ミツバ、カマボコ、柚子が入り風味豊かに仕上がっている。
開業時の建物は1923年の関東大震災で全壊。現在の店舗は1927年築の木造2階建てで、東京大空襲(1945年)による被害を奇跡的に免れた、文化庁指定の登録有形文化財である。家具や柱などの深い風合いや独特のテカりが歴史を感じさせる店内には骨董品が溢れるが、なかでもひときわ目を引くのが柱にかけられたぜんまい仕掛けの大きな振り子時計。新築当時からそこにあり、いまも開店と同時に動かし、閉店と同時に止めて休ませることを毎日繰り返している。1時間ごとに時を知らせる「ボーン、ボーン」という音色が味わい深い。
住所 | 東京都台東区日本堤1-9-2 |
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電話 | 03-3872-4886 |
営業時間 | ランチ 11:30~14:00 ディナー 17:00頃~20:00 |
定休日 | 水曜(不定期で火曜と連休) |
席数 | 28席 |
1日の客数 | 100人 |
主な客層 |
老若男女、平日は仕事帰りの人 休日は家族連れや観光客が目立つ |
予算の目安 | 2,000円 |
開業 | 1889年 |