【和菓子】神楽坂 梅花亭本店

東京都/新宿区

日本人ならではの “食べる芸術品”ともいわれる上生菓子。四季折々の美しい風景を、練り切りやこなしをベースに、特殊なヘラやハサミなどを駆使して繊細に表現しています。昨今、その技術力の高さや魅惑的な味わいに世界も注目。そこで今回は、東京マイスターおよび優秀和菓子職に認定された、まさに折り紙付きの和菓子職人「神楽坂 梅花亭本店」の代表・井上 豪さんが作り出す「はさみ菊」で、上生菓子の魅力をひも解いていきます。
 
クローズアップメニュー


千代菊 480円(税抜)
花びらの一片ひと片が凛としていながら、鋭角になりすぎずラインも滑らかで、しなやかなフォルム。その美しいたたずまいは、黒文字を入れるのをためらってしまうほどです。大福豆と大手芒をブレンドした白餡に求肥を加えて練り上げた練り切りで、北海道十勝産えりも品種の小豆を使用したこし餡を包み込み、職人の手により生み出される上生菓子の花。特殊なハサミで切り込みを入れて花びらを作り出す「はさみ菊」です。一見、ベニバナ色素で染められたピンクの練り切り単色に見えますが、白い練り切りを薄くまとわせています。練り切りは粘り気にしつこさがなく、舌の上で溶けていくよう。白餡の旨味と上品な甘さが広がります。こし餡はキレのいい甘さで、小豆の風味が心地良い余韻を残します。8月下旬~11月の季節限定販売。
 
技のポイント1

練り切りは手の熱を加えないよう練りすぎないのがコツ

白餡に求肥を混ぜて練ったものが練り切り。「神楽坂 梅花亭本店」では、白餡も自家製。大福豆4、大手芒6の割合で、それぞれ煮る前日に洗って水につけておきます。豆の大きさが違うので、まず大粒の大福豆を約30~40分煮てから、大手芒を加えて1時間程煮ます。煮た豆を、水を加えながら80メッシュの網の裏ごし機にかけます。ここで皮と呉に分かれ、呉は水と一緒に容器へ。沈殿したら水だけを捨て、新たな水を入れて攪拌。沈殿したら、また水を捨てるという一連の作業を繰り返します。この作業の回数によって、サラサラ具合が変わるそうです。口どけがよくなり、旨味だけが残ります。絞り袋でしっかり水分を絞り出したものが生餡です。生餡55%分のグラニュー糖を蜜に仕立て、火にかけた生餡に加えて煉り上げると白餡が完成。砂糖類をそのまま加えると、餡から水分が出てしまいますが、蜜にすることで均等にコーティングされ、水分の分離を防げます。鍋に白餡と求肥を入れ、火にかけて手の甲につかなくなるまで火取ります。

 

前述の生地が熱いうちにちぎってまとめて練って、ちぎってまとめて練って……を3回繰り返していくと、空気が入って色がより白くなってきます。これでベースとなる練り切りの出来上がり。ちぎって練る作業が、練り切りの語源です。ちなみに練り切りではなく、白餡に小麦粉を混ぜて蒸した「こなし」を使う店もあります。

 
続いて練り切りの着色。練り切りに赤色色素を加えて、金ベラでなじませます。「神楽坂 梅花亭本店」では、紅問屋の老舗「伊勢半」から取り寄せている天然のベニバナ色素「御料紅」を使用。程良く混ざったら色を均等に広げるため、折りたたんで手のひらで押して伸ばし、また折りたたんで手のひらで押して伸ばす工程を素早く繰り返します。練り切りに手の熱が伝わって温度が上がると、水分が抜けてボソボソになり、色も悪くなるので、回数は少なめにスピーディーに行うのがポイントです。手でこねるのが大変なら金ベラで練るのも手ですが、練りすぎると求肥の腰が切れてしまい、ネバネバと食感が悪くなるので注意が必要。同様に、クチナシ色素を加えた黄色の練り切りも作ります。
 
技のポイント2

 

包餡は手のしわが形に影響するので優しく包んで丸めます

包餡の前に、こし餡を準備。前日に洗って水につけておいた北海道十勝産えりも品種の小豆を煮て、水を加えながら、100メッシュの網の裏ごし機にかけます。そして白餡と同様に、水でさらす工程を行い、絞り袋に入れて水分を絞り出します。生餡に対して、60%分の蜜に仕立てたグラニュー糖を加え、手の甲につかなくなるまで煉り上げればこし餡の完成。冷ましたら、練り切り6に対してこし餡4の割合の大きさに丸めておきます。

 

白の練り切りを金ベラで軽く練って柔らかくしてから丸め、両手で押して平らにします。その上に丸めた赤の練り切りを乗せ、練り切り全体をそっと包み込むように左手を丸めます。右の指で赤の練り切りを押し込むようにし、左手は丸みをキープ。この時、手の出っ張りをなくすようなイメージで、優しく包むように持つのがポイントです。力強く持つと、手のしわの跡がついてしまい、形にも影響するとのこと。



ある程度包んだら、右の親指と人差し指で白の練り切りを伸ばしながら穴をふさぎます。白の練り切りに包まれた、赤の練り切りがうっすら透けて見える繊細な仕上がり。これを総ぼかし、または包みぼかしと言います。
 
総ぼかしの練り切りを両手で押して平らに。穴をふさいだ面の方が、白の練り切りが薄くなっているので、そちらの面にこし餡を乗せます。右手の指で餡を優しく押さえながら、左の手のひら全体を使って、練り切りを伸ばしながら餡を包みます。前述同様、包むのは優しく。力を入れすぎなければ、形もきれいに整います。
 
技のポイント3

 

細工バサミを入れるポイントは刃の角度と手の動き

包餡した練り切りに濡れた薄い布をかぶせ、卵型の突起で上部中央にくぼみをつけます。布を外してくぼみに、押し棒を軽く押し付けてしべ模様をつけ、中心を決めます。和菓子道具の一つ、三角ベラの先端にしべ模様が彫られていて、押し棒の役割を果たします。


  
写真のようにしべの大きさは複数あり、作る花によって使い分けるのだそうです。今回使用したのは、直径8mmのサイズです。


  
いよいよ花びら作り。専用の細工バサミを使います。「はさみ菊」には、花びらが下向きと上向きの2種類があり、使用する細工バサミも違うとのこと。「神楽坂 梅花亭本店」では、下向きを「千代菊」、上向きを「長明菊」と命名しています。「千代菊」は真っすぐな刃のハサミを使い、上からハサミを入れていくのですが、「長明菊」は刃先がカーブしたハサミで下から切り込みを入れるのだそうです。使われるハサミは、初代から受け継がれている年代物。ちなみに細工バサミは、ネット販売でも気軽に購入できます。

 
  
左手の人差し指、中指、薬指をそろえた上に練り切りを乗せ、小指で練り切りの側面を軽く支えた状態をキープ。しべ模様の周りにほぼ垂直にハサミを入れ、1周で16枚の花びらを作ります。いったん台に乗せ、花びらに囲まれた中央に、黄色の練り切りをつけた押し棒を押し付けます。ゆっくり押して、パッと離すのがコツ。押すスピードと離すスピードを違えないと、押し棒から練り切りがきれいに離れないそうです。

 
  
再び前述のように左手に乗せ、ハサミの片刃を使って花びらを立たせます。ここからすべての花びらを切り出す作業。上段の花びらの間に下段の花びらが来るようハサミをあて、切っていきます。1段に16枚の花びらを作り出すのですが、今回はこれを残り8回繰り返します。つまり出来上がりは、16枚が9段。上手に切るためには、ハサミを移動させて切り進めるのではなく、練り切りを乗せた左手を回し動かすのがコツです。切り込みを入れる部分をハサミに向けるように、左手首を器用に動かして角度を操作します。

 

3段目までは、ハサミを垂直に近い角度に向けてカット。4段目からは水平に、そして徐々にハサミの角度を下げて切り出していきます。井上さんは、花びらの先が鋭角にならないように意識しているそうです。「尖っていると金属っぽくて食べ物に見えないのです。柔らかく温かみのある角を作るよう心がけています」とのこと。
 
オススメメニュー1

鮎の天ぷら最中 1個250円(税抜)

素揚げした最中の皮に餡を詰めた看板商品。皮は左右別々に米油と菜種油をブレンドした特製油で揚げ、一晩おいて油をしっかり切ってから使用。揚げることで香ばしさが増し、サクッと軽やかな食感を生み出しています。油っぽさはなく、むしろ油が皮の旨味を引き立たせ、甘くコク深い餡との調和も絶妙です。こし餡と白餡の2種類があります。最中の皮を揚げるという発想は、初代・井上松蔵さんの体験によるもの。終戦後、捕虜としてシベリアに抑留されていた時、「もう一度、母が作るかき餅が食べたい。無事に戻れたら、かき餅のような和菓子を作りたい」と思ったそうです。そうして誕生したのが、「鮎の天ぷら最中」。故郷の新潟に流れる魚野川を上ってくる鮎をモチーフに作られました。
 
オススメメニュー2
宝づくし 1個280円(税抜)
2020年頭に販売を開始した新作のお饅頭。ほうじ茶を牛乳で煮出し、細かく砕いた茶葉と一緒に生地に練り込んでいます。黄身餡を包み込み、ローストした長野県産の和クルミをキャラメリーゼしてトッピング。ミルキーで優しい味わいにほうじ茶の香ばしい風味が広がります。黄身餡のまろやかさも相まって、全体的に丸みのある味わいです。ほんのり苦味のあるクルミの香ばしさが、いいアクセントに。さまざまな宝物が描かれたパッケージもおめでたい雰囲気で、お祝い事のギフトなどにおすすめです。

オススメメニュー3
浮き雲 1個250円 (税抜)
四代目の井上 豪さんが製菓専門学校在学中に考案し、商品化させた遊び心のある和洋折衷な菓子。空にプカプカと浮かぶ雲を食べてみたいという想いを形にしたそうです。皮はメレンゲとアーモンドプードルで仕立てたダックワーズのような生地で、まさに雲のようにフワフワしています。写真奥は、こし餡に密漬けの小豆を混ぜた小倉餡をサンド。口の中でしっとりする皮はアーモンドの風味が効いていて、その間から小豆の旨味が立ち上ります。写真手前は、抹茶を練り込んだ皮で抹茶餡を挟んだ、爽やかな抹茶の香りが鼻孔をくすぐる一品。抹茶餡は、白餡に抹茶と丹波産大納言小豆を混ぜ合わせています。
 
  • お店紹介
    「10歳で父を亡くし、小学生のころから店の手伝いをしていましたが、中学生になると本格的に祖父に仕込まれ、週末は店で働くようになりました。今でも、和菓子作りが楽しくて、楽しくて」と笑顔で語る四代目の井上 豪(たけし)さん

    1935年から四代続く和菓子の名店。初代の井上松蔵さんが柳橋の「梅花亭」で修業し、のれん分けして開業しました。戦後は池袋を拠点としていましたが、2005年に本店を神楽坂に移転。街の風情に合わせた、「神楽坂福来猫もなか」1個250円(税抜)や「神楽坂石畳」1個220円(税抜)が誕生しています。ほかにも大福やわらび餅、饅頭など、和菓子の種類は常時30ほど。店内にショーケースはなく、商品は平台に平置きにされ、お客が手に取りやすいよう配慮されています。上生菓子は毎月必ず16種類は登場。およそ15日周期で意匠を替え、お茶会などの特別注文も含めると年間約200種類の上生菓子が作られます。
    四代目にあたる現代表の井上 豪さんは幼少期から店を手伝い、大学卒業と同時に店に就職。仕事と並行して、製菓専門学校で2年間学びました。技術的なことは、すでに祖父である初代から教わっていたので、当時まだ店では使われていなかった素材を学校で知り、新作のヒントにしていたそうです。今もなお鍛錬を怠らず、後継者指導にも力を入れている姿勢が評価され、2014年に全国和菓子協会の「優秀和菓子職」に認定。さらに、2016年には「東京マイスター(東京都優秀技能者)」に認定されました。翌年、外務省からの依頼により、イギリスで和菓子の講義も行っています。
    そんな井上さんが大事にしているのは、「和菓子ごとに餡を練る」こと。口どけや柔らかさといった食感、甘味のバランスなど全体の調和を考え、約23種類もの餡を使い分けています。原材料は可能な限り国産素材にこだわり、小豆は十勝産えりも品種、大納言小豆は丹波産のものを、白餡には北海道産の大福豆と大手芒を使用。すべての餡は、店内の工房で豆を煮るところから始め、白双糖、グラニュー糖、上白糖、徳島産の和三盆糖、波照間島産の黒砂糖と5種類ある砂糖の中から、それぞれの和菓子に合う配合で仕立てています。そうした丁寧な仕事が味に表れ、人々を魅了し、長く愛され続けているのでしょう。
  • 基本情報


    店名 神楽坂 梅花亭本店
    住所 東京都新宿区神楽坂6-15 神楽坂梅花亭ビル1階
    電話 03-5228-0727
    営業時間 10:00~19:30、土・日曜10:00~19:00 ※時期により変動あり
    定休日

    不定休

    席数

    なし

    主な客層 地元のお客様、近隣の勤め人、観光客、茶人、各省庁やホテルなどのイベント
    予算の目安 1,500~2.000円
    開業 1935年2月10日
    HP http://www.baikatei.co.jp
  • 掲載内容は取材時点での情報であり、記事内容、連絡先、営業時間などが変更になる場合があります。
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